リッターによる地理名の特定

ここでは、ハインツ・リッターがする地理名の特定をすべて[*注:現時点では未完]挙げたいと 思います。

将来的には、マップを作りたいと考えています。ほとんどすべての地名は、ライン地方またはその 近辺にあつまっています。

ニーベルンクの国からゾーストまでの道程
サガと比較
中世の地名 現代の地名 資料 備考
ドゥナ
Duna
ドゥエン
Dhuen
Nibelungen 47-52 リッターの研究を参考
バビロニア
Babilonia
ケルン
Cologne[Köln]
Nibelungen 58 & Dietrich 250-1 リッター論の弱点。かつてケルンをバビロニアと称したという 根拠はなにもない。すべて状況証拠からこの結論にいたっている。
バカラール
Bakalar
完全該当なし。
ドゥエン川河岸アルテンブルク近辺。
No exact match; near Altenburg
Nibelungen 68-75ロディンガーの本拠。ライン川ちかくの低地にある。
フェルニカ
Vernica
チュルピッヒ近辺のフィルメニッヒ
Virmenich near Zülpich)
Nibelungen 85ニーベルンゲン一族の王都。
ディートリヒの祖先と青春期
サガと比較
中世の地名 現代の地名 資料 備考
ザレルナ
Salerna
現ベルギー領・
ソヴェニエール
Sauveniere
Dietrich 48-51ディートリヒの祖父の出身地。
ベルン
Bern
ボン
Bonn
Dietrich 53-56; Nibelungen 58 ディートリヒの王都。中世のころ、ボンは別名ヴェローナともいい、 そのことはいくつかの市の紋章に裏付けられる。
ローマ
Roma
トリーア
Trier
Dietrich 60-63 エルメンリクの王都。四世紀に、トリーアはローマ帝国の首都だったので、 ローマ・セクンダ(Roma Secunda)と称されたとも考えられる。 リッターは、この都市をベルギガ・ローマ(Belgica Roma)と 呼んだ[碑]文があるというが、残念ながら典拠をあきらかにしていない。
プリ
Puli
ポルヒュ
Polch
Dietrich 63 ローマ征服以前の、エルメンリクの一時の本拠地。 ポルヒュは、トリーアに近く、リッターは王都には最適だとしている。
グレーケン
Greken
グラーッハ
Graach
Dietrich 63-64 ここも、トリーアに近いエルメンリクの一時の本拠地。
フェネディ
Venedi
ヴェンデン
Wenden
Dietrich 68-70 ヒルデブラントの故郷。ボンの以東約 65 km.
ヴィティッヒのベルンへの旅
サガと比較
中世の地名 現代の地名 資料 備考
フルト
Furt
フェルデン
Verden
Dietrich 94 ヴィティッヒは、このフルトを通過てディートリヒのいる地へ旅する。 フルトはアイディスEydiss[湖]畔にあるが、フェルデンはアラー川(Aller)沿い。
アイディス
Eydiss
アイツ湖
Eitze-See
Dietrich 94 フェルデンの近くにアイツ湖が在る
ブリクタン
Brictan
ブレヒュテン
Brechten
Dietrich 96 サガでは、ヴィティッヒが盗賊退治をする要塞。
ヴィザール
Wisar
エムシャー
Emscher
Dietrich 96-99 問題がある。ヴィザールは、一般的にヴェーザー川(Weser)である と考えられている。リッターは、、ヴィティッヒがベルンに到達するまでの 旅でヴェーザー川にさしかかったことはありえないと考察する。 サガでは、ヴィティッヒが、切り立った崖から崖へ馬を飛び越えさせて川を 超えたとなっているが、ヴェーザー川にはそういう崖はない。そこでリターは、 エムシャー川であるとの結論に達した。
ディートリヒのオズニンクへの旅
サガと比較
中世の地名 現代の地名 資料 備考
オズニング
Osning
トイトブルク山地
Teutoburg Wald
Dietrich 117 別名リムズロヴァルト Rimslowald ともいう。今日でもリームスロー Riemsloh という小さな村が有名なトイトブルク山地のそばにある。
ドレカンフェルズ
Drekanfels
(不詳) Dietrich 117 & 181 リッターは、ライン川の河畔にあるドレカンフェルズ Drachenfels とはちがう町だとしている。 リッターによると、「-fels」という語は、トイトブルク山地の地方では、 岩場の多い険峻な高所ではなく、湿地帯の低地を意味するという。 しかし、ドレカンフェルズの正確な所在地をたどることにはできていない。 リッターの説は、古い聖地エクステルヌシュタイネ Externsteine に近い 都だという。
この近くで、リッターはディートリヒの竜退治に関する 証拠を発見している。
竜退治についてのページをロードする。
アルディンゼーラ
Aldinsaela
アルデンゼレ
Aldensele
Dietrich 121-125 リッターは、これを「古い会堂」と意訳し、ごくありふれた名前だとしている。 (オランダにも オルデンザール Oldenzaal が!). この地名をもつ場所は、かつてそこをとりまく地域一帯を管轄とする裁判所の 所在地だということだ。
この説明は、リッターがやや複雑に展開している、ディートリヒとファゾルトとの戦いに ついての持論とも、ぴったりあてはまる。(サガ参照)。
ゲリムズハイム
Gerimsheim
(不詳) Dietrich 158-159 サガによれば、これはライン川の河岸のどこかに所在するはずである。 しかし、具体的な村や城館はみつけられなかった。 あるいはゲルムズハイム Germsheim かも知れないが、その場所はかなり南にずれた ところにある。
その他の特定地理名
中世の地名 現代の地名 資料 備考
ベルタンガラント
Bertangaland
リューネブルク近辺のバルデンガウ
Bardengau near Lüneburg
Dietrich 165-166 この特定も、不確定である。「t」から「d」の転音は、リッターが考えているよりも、 むずかしい。
フリティラ・ボルク
Fritila Borg
フリーズドルフ
Friesdorf
Dietrich 184-187 ディートリヒのおじアケの城館。現在はバートゴーデスブルク Bad Godesberg の一部。 フリッツドルフも Fritzdorf も近くに在る
ムンディア山脈
Mundia mountains
ライン粘板岩山地 & アイフェル高原
Rheinische Schiefergebirge & Eifel
Dietrich 200 エルメンリクの版図の北境。リッターは、ムンディアは、バートゴーデスブルクの近くで ライン川の曲折する場所だという。山脈はこの曲がり目の西と南。
グランシュポルト
Gransport
コブレンツの近くのガンズの渡し
Gans-ford near Koblenz
Dietrich 222-227 ライン川とモーゼル川の合流点の近くの渡し場。もし北方のフンネンラント(フン王国) の軍がやってきたなら、南西のトリーアの軍とここらあたりで衝突しただろうと、 理にかなう場所。
ラム
Ram
ボンの近辺のラメルズホーフェン
Ramershoven near Bonn
Dietrich 262-3 ここでジビッヒは、ディートリヒとの戦いにむけて軍を召集した。リッターによると、 軍の召集には好適な場所だという。

 

つづく...

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