歴史的な課題

このページでは、従来論とリッター論がもちあげる歴史的な課題やその解決法を を要約します。

(リッターのページに行く。)

従来の特定における歴史的課題。

従来の特定における歴史的な課題には二通りあります:

従来論によれば、このふたつの解答は、

原初の歴史にもとづいたストーリーが、800年の歳月の間に、 いちじるしく改編されたからだ、というものです。

この主張にも、たしかに、あるていどの真実はあるでしょう。 その800年の年月のあいだに物語を語ったり、書いたりした人たちは歴史家ではなく、 古代の英雄の、広く知られたストーリーを題材にして生計を立てていた芸人たちだったのですから。 かれらにとって、第一優先だったのは、物語性であり、史実性ではなかったはずです。

しかし、私はこの解答をもってして十分だとは思いません。例えば、それでは:

などが説明できません。

もう少し前言を説明しますと:

ですから、物語の主題が、かたや、まぎれもなく自己防衛的な、白黒明白な戦闘から、 今度は、ほとんど全員が名誉も命も失う、こみあった状況にすり代わっているのです。 (ちなみに、刺激されやすくて、名誉にたいして熱狂的なゲルマン気質に とって、この名誉こそ、物語のメイン・アトラクションであったはずですから。)
それに、原資料には、ブルゴント人がどこかに旅したという記述はどこにもありません。 むしろその逆で、かれらはガリアにふんばって戦ったのです。ところが、物語の舞台は すべて、アッティラの宮廷であり、その場所はさまざまですが、すくなくともガリアでは ありません

よって、状況はじつに複雑です。私は、従来説をとってはいませんが、それをむげに 否定することもできません。 しかし、それを根本から批判することは有意義であるので、次のページでは、容赦なく 攻撃を加えようと思います。

 

リッター論の歴史的な課題

リッター論を考慮するとき、いうまでもなく第一の問題は:

ですが、その答えは、ノーです。

ですが、5世紀の歴史資料は、そうふんだんにあるわけではありません。 リッター論がまったく正鵠を射ていることもありえますが、現存する資料でそれを 立証できるものは何もありません。
しかし、可能性というだけでは科学的証拠にはなりません。

もしリッター説をどるならば、上のような歴史問題のいくつかは解決します:

よって、リッター論をもってすれば、歴史的な課題も、大幅に簡潔化されます。 ですが、簡潔ということは、科学的証拠になりません。

リッター論の歴史的な課題は二つあります:

こうした課題は、解決できます。私見では、フン人アッティラなる人物は、 まさしく二人いたのだと思います。そして、『シドレクスサガ』のテキストそのものから、 このオリジナル・ストーリーは、ディートリヒ・フォン・ベルンの生存中に確定したもので、 『サガ』は、それを直系の伝承であり、それは口承文学として語り継がれてきたものだ ということを証明したいと思います。

口承伝承のページをロードする。

紹介のつづき。