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<ハウク本> Hauksbók

ハウク本ハウクスボークHauksbók
は、ノルウェー王の命で司法代官レェグマズとしてアイスランドに駐在していた、ハウク・エルレンドソン Haukr Erlendson (1260頃? - 1334)が編纂した本で、四つ折り本(フォリオ)に綴じられたこの一冊は、広い分野から取捨選択して集めた博学書である。

 が、この羊皮紙本は、じつに数奇な経緯をたどる。もとはひとつだった羊皮紙本は、(『植民の書』を書写したいという要望が多かったため)すでに17世紀のころに、便宜上、解体されていたのだ。

  1660年代、<ハウク本>を借り受けたスカールホルトブリュンヨールヴル・スヴェインスソン司教(1639-74) が、『植民の書』と『キリスト教のサガ』をヨーン・エルレンドソン牧師 (?-1670)に託して書写させた。

  牧師が写し終えた『植民の書』と『キリスト教のサガ』の部分の羊皮紙は持ち主に返還されたが、司教は、残りの羊皮紙本は返さず手元においておいたらしい。

   ハウクの『植民の書』の羊皮紙は、その後、散逸したので、紙に書写されていたのは不幸中の幸いだ。

 ともあれ司教が借りっぱなしだった部分も、それ以外の部分も、やがて、大収集家アールニ・マグヌースソン Árni Magnússon (1663-1730) の手に渡る。
AM371 四つ折り本 第10v 葉(裏) AM371 四つ折り本 第11r 葉(表)
−アールニ・マグヌースソン研究所
(レイキャヴィク) 所蔵

ハウク本 AM 371写本の第10葉裏と11葉表。花文字の「h」から続くのは、"Hér hefr. ."「ここより始まるのは、. .」の常套文句。隣には朱書きの題字が見える。

 別々のルートで入手された束が、同じ<ハウク本>だとは、18世紀の当時もわかっていた事なのだが、アールニの死後、束は3つの棚番号がふりあてられた。こうして<ハウク本>が三つの写本 (略号: AM 371 4°AM 544 4°AM 675 4°)として識別される具合となった。

 下表に、<ハウク本>に収容される作品を挙げる。  
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作品写本略号(siglum)備考
『植民の書』 Landnámabók
AM 371 4°
1r-14v
移民史
『キリスト教のサガ』 Kristni saga
AM 371 4°
15r-18v
キリスト教化の物語

〔『世界光明と聖教』〕 Heimslýsing og helgifræði
〔『哲学と聖教』〕 Heimspeki og helgifræði
AM 544 4°
1-19?
世界についての啓蒙・宗教書。 セビリアのイシドロ(6世紀)著『語源録』ホノリウス・アウグストドゥネンシス(12世紀)著『世界像』を元にしている。
『巫女の予言』 Völuspá
AM 544 4°
20-21v
『古エッダ』の歌謡。同歌は、<王書>写本や、スノーリが引用している詩節にもあるが、北欧神話の重要資料。
『トロイ人のサガ』Trójumanna saga
AM 544 4°
22r-33v
トロイヤ戦争(『イリアス』などと同じテーマ。)
『自然石』 Náturusteinarsaga
AM 544 4°
 
 
〔祭術の覚え歌〕 Cisiojanus
AM 544 4°
 
 
『ブリテン人のサガ集』 Breta sögur
AM 544 4°
36r-49r, 53r-59r
モンマスのジェフリー著『ブリテン列王史』(アーサー王伝で有名)の訳。『マーリンの予言』の訳も挿入されている。
『恐怖と勇気の対話』 Viðræða æðru ok hugrekkis
AM 544 4°
 
 
『肉体と精魂の対話』 Viðræða líkams ok sálar
AM 544 4°
 
 
『(アースラークの子)ヘミングの話』 Hemings þáttr Áslákssonar
AM 544 4°
69r-72v
ヘイスティングスの戦い(英国のハラルド王とウィリアム征服王)が舞台。
『(ヘルヴェルと)ヘイズレクのサガ』 Hervarar saga og Heiðreks
AM 544 4°
72v-76v
五世代にわたり、呪われた魔剣テュルヴィングの持ち主をめぐる古代(伝奇)サガ。だが、冒頭は、巨人や半巨人がはびこっていた頃の太古の世界を物語る(八手のスタールカズの名もある)。
『義兄弟のサガ』 Fóstbræðra saga
AM 544 4°
77r-89v
「黒眉の詩人」ソルモーズ・ベラソンが、盟友ソルゲール・ハーヴァルスソンの仇討にグリーンランドまで出かけて冒険する。
『アルゴリスムス』 Algorismus
AM 544 4°
90r-93r
時の測定と数学書で、アラビア数学に触れているものとしてはスカンジナビア最古の文献。 ここではハウクがアレンジしたもので、同じ題名のサクラボスコ著『アルゴリスムス』はその資料のひとつだったようだ。
『赤毛のエイリークのサガ』 Eiríks saga rauða
(カルルスエヴニのサガ Karlsefni saga)
AM 544 4°
93r-101v
エイリークの子レイヴは有名な北米(ヴィンランド)探検家。
〔『ウップランド王たちについて』〕
Af Upplendinga konungum(⇒ 英訳)
AM 544 4°
 
 
〔『宮廷詩人たちの(ハーラルド美髪王の)サガ』〕
Skálda saga Haralds konungs hárfagra
AM 544 4°
101v-104v
 
『ラグナルの息子たちのサガ』 Ragnarssonar þáttr (Þáttur af Ragnarssonnar)
AM 544 4°
105r-107v
ラグナルを殺した仇敵ノーサンブリア王アイエラに、息子たちは「(血の)鷲」を刻んで報復。
〔『月について』〕 Lunaria[羅] tunglfræði[北欧]
(〔『時季予報』〕 Prognostica temporum[羅])
AM 544 4°
107
 

『エルキダリウス』 Elucidarius(Elucidarium)
アイスランド訳
AM 544 4°
AM675 4°
10v-12r
1r-16v
神学書。師と弟子との対話式で、数々の題目を語る。上述のホノリウス・アウグストドゥネンシス(オーチュンのホノリウス)の著
—参考:Jónsson & Jónsson 編の「Hauksbók」(1892-96年発行)の目録、Skaldic Database。
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本の収録作品からして、ハウクが広い世界を知りたがっており、多くの分野に興味があったことがわかる。

 個々の作品を解説するには、枚挙にいとまがないし、先立つ知識もないが、少しハウクによる本の構成に触れる。

 よく指摘されることだが、この本で『トロイ人のサガ』と『ブリテン人のサガ集』が前後しているのは、偶然ではなく、いわば「前編」・「続編」の関係が成立しているのだ。

 なぜかというと、これは、モンマスのジェフリーを読んだ人ならご存知だろうが、伝説上、ブリテン国を創立した人物で国名の名づけ親は、ブルートゥスというトロイ人ということになっているからだ。しかもこのブルートゥスなる御仁、単なる平民のトロイ人ではなく、ヴィーナスの子とされるかのアエネウスのひ孫なのだ。アエネウスといえば、ラティウム(イタリア)にわたった英雄で、ロムルスとレムスや、はてはカエサル家のご先祖様。

 
 ジェフリーの描写によれば、ローマのブリテン島侵攻で、カエサルはブリテン人のことを「いとこ達よ」と呼んだというが、これは同じアエネウスの末裔同士のよしみじゃないか、という意味なのだ。
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ハウクの人物像
 ハウク・エルレンドスソン Haukr Erlendsson (1260頃?-1334)は、どの国籍の人でしょうか。彼は、
強者エルレンド・オーラヴソン (1235?-1312?)というノルウェーの名士と、アイスランド女性との間にもうけられた子です。

 ですが、ハウクの父も、王の政府によって司法代官レェグマズ郡司シューッセルマズとしてアイスランドに派遣されていました。近世においては、ハウクはその駐在期に出生したアイスランド生まれだったと考えられています〔* 参:Nordisk familiebok

 そしてハウク自身も、父のポストだった在アイスランド司法代官に任命されます(1295年)。数年後、1299年頃には、ノルウェーに移ってひきつづき司法代官を務めました。1302 は、王政府に入閣、1304年には、騎士の爵位を授かっています。その後、ハーコン王の名において、幾たびもアイスランド使節に加わりました。1319年、また、ノルウェーとスウェーデンとの条約が調印され、マグヌース王エイリークスソンが両国の国王と認定されたときも、交渉団の代表のひとりでした。ハウクは、1334 年、ベルゲン市で亡くなっています。

〔* 資料: 『The Flatey Book and Recently Discovered Vatican Manuscripts..』(Norræna Society 1908年)、 Rasmus B. Anderson の 解説文)

 <ハウク本>は、おそらく片時も離したことのない貴重品だろうと思われるので、ハウクの死後、なんらかのつて、あるいはハウクの未亡人によって、アイスランドに運ばれたのだろうと取り沙汰されます。

 ハウクについては、署名入りの書簡が現存するため、<ハウク本>は、その筆者が証明できる最古のアイスランド羊皮紙本と位置づけされています。
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Additional Acknowledgements:
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