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『フェロー諸島の人々のサガ』 Færeyinga saga

    フェロー表記   アイスランド表記   デンマーク表記   スウェーデン表記   〔* 緑色〕 普遍呼称       (参:)
 『フェロー諸島の人々のサガ』の原型は、十三世紀初頭に成立したと推定されます〔⇒成立。また、北欧系人の移民がフェロー諸島に定住しはじめたのは、九世紀の頃ということがわかっていますが〔⇒ディクイル、サガには、移住者第1号の名は、グルイムル・カンバン⇒グリーム・カンバンと記されています。

 しかし、それ以後、諸島に定着した者もあれば、他の荒寥たる新天地を求めて去っていった者もあり(カンバンの子孫には、 アイスランドに移住した者もおりました)。

 開拓が始まった何(十)年後かに、深慮のアウヴルFøroysk/Faroese/フェロー語〔*アウズÍslensk/Icelandic/アイスランド語〔* 834年頃生〜900年頃没。『ラックサー谷の人びとのサガ』の女家長ウンに同じ〕が、孫娘オウルヴァFøroyskt/Faroese/フェロー語〔*オーレヴ〕を現地人に娶わせ、それを元祖とした家系が興りました。

 一番の見どころは、この一族の出で、異教伝統を擁護する、ゲトゥのトレンドゥルFøroyskt/Faroese/フェロー語〔*スランド〕という人物の物語。その相対する好敵手は、オウラヴル王トリュグヴァッソン〔* オーラヴ王〕が、フェロー諸島の統治者に封じ、島民のキリスト教改宗を託したシグムンドゥル・ブレスティッソンFøroyskt/Faroese/フェロー語でした。この二人の人物の確執と決着を描くストーリーが、このサガの絶頂と言えましょう。

 この家系には、諸島で二番目に大きいエストゥロイ島ゲタ(* ゴタ)を本郷とした、ゲトゥシェジャル一族Føroyskt/Faroese/フェロー語〔*ゲートゥスケッャヤール [古ノルド語]; ゴートゥスケッキャール [現代アイスランド発音] と呼ばれる一門がありました。

   そしてこの一門が輩出したゲタのトレンドゥルという人物は、やがてフェロー諸島全土を掌握するに至ります。  『フェロー諸島の人びとのサガ』のかなりの部分は、すなわちこのトレンドゥルの興亡記でもあるのです。

 [1]~[3] トレンドゥルは、その昔、ゲタ農園の次男坊でしたが、くじ引きに勝って地所を継ぐ権利を得ました。 そのかわり牛馬や家財の分け前は少なめだったのです。そこで、当時ハラルド青歯王ゴルムスソン〔*ハーラル青歯王〔*在位 958〜986/988年〕が治めるデンマークに行き、とんちを使って自力で巨万の富を得たのでした。
 シグムンドゥルは、集会ティングでキリスト教(そしてすなわちノルウェー王国の支配)を受け入れないかと提案しますが、トレンドゥルをはじめ島民はこぞって拒絶し、くわえて、二度とその話は持ち上げぬ、と約束までさせられてしまいます。

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 事を知ったトレンドゥルは、シグムンドゥルを(彼の故郷の島に)手厚く葬り、シグムンドゥルの娘トーラFøroyskt/Faroese/フェロー語〔*ソーラ〕を、ハヴグルイムル〔*ハヴグリーム〕の孫と娶わせて、矛をおさめます。(このシグムンドゥルの墓跡には、いまでも観光者が訪れます。)
 さて、今、ハヴグルイムルという名が唐突に出ましたが、これはシグムンドゥルがまだ少年だったころに存命だった人物です。そんな人が、どうこのサガに絡んでいるのか、少し話を遡らせてみましょう。

  ハヴグルイムルは、古い諍いの種をまいた張本人です。彼は、スヴロイ島の有力者でした。自分の使用人のひとりが故殺されたとき、その賠償をめぐって、シグムンドゥルの父ブレスティルとおじバイニル〔*ベイニル〕を殺したのです。

 [4] これは逆恨みもいいところです。なにせ故殺の件にしろ、ハヴグルイムルの雇用人どうしの、いがみあいが高じての喧嘩だったのですから。
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 しかしハヴグルイムルは、「冠帽子の」カンブヘットゥルエルドヤドンを殺してしまったアイナルには、縁故にブレスティル兄弟という富農がいることに着眼しました。そして、言いがかりをして賠償をせしめようともくろんだのです。ところが、賠償の額を決定する評議の場で、雄弁なブレスティルが、先に手を出したのは向こうだ、こちらに非はないと、たくみに弁護したため、おとがめなし、賠償金は払わずともよし、ということになってしまったのです。

 [6] ひともうけできる胸算用が、金品は転がり込まないは、番頭のアイナルには暇を出してしまったはで、さんざんな結果になってしまいます。 ハヴグルイムルは、この無念をはらそうと、仲間集めに奔走します。まずの父親であるスネアユールヴルの助力を得ようと、中央のスヴロイ島をたずねますが、これにはあっさり断られてしまいました。

 この頃トレンドゥルは、ゴタの農園のある東よりの島エストゥロイ島を支配していました。そしてシグムンドゥルの父親とは、 いとこ同士で親戚つづきだったのですが、冷えきった関係だったそうです。 そしてあろうことか、この報復の片棒を担いだのです。 みずから手を下さなかったものの、助っ人の兵力として自分の母親の兄弟で北方の スヴイノイ島 "豚島")に住む ビャドニ 〔*ビャルニ〕を斡旋しました。

 [7] ブレスティルとバイニル兄弟は、自分らの島の隣にある大・小ドゥイムン島に羊を放牧させに行きましたが、このとき 彼らの幼い息子たち、のちの英雄シグムンドゥルと トウリル〔*ソーリル〕も、せがんでついてきていました。そこをハヴグルイムル、ビャドニ、トレンドゥルらの集団が襲ってきたのです。〔参:「ブレスティルの歌」
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 ともすればトレンドゥルは、もともと金品を見返りにハヴグルイムルを助っ人したのではなく、他のライバルの権力者が共倒れすれば、諸島をまんまとわがものに頂戴できると もくろんでいた−つまり、のっけから漁夫の利を得ることが、狙いだったのかもしれません。

  [10] さて遺児たちは、ノルウェーに連れて行かれましたが、船長に解放され、二冬ばかり 《湾》ヴィーキン* 現今のオスロ湾周辺」〕に逗留し、 そのうち ホークンヤドル* ハーコンヤール。ホーコン候とも。ハラルド灰衣王を弑して後釜に座った。〕に 仕官しようと思い立ち、北をめざしますが、吹雪であわや行き倒れになってしまいます。

 そこを人里はなれて暮らす、トナカイ皮を着た男の一家に拾われます。このとき男は、名を「ユールヴル〔* ウールヴ〕としか名乗りませんでした。二人は、「狼」によって、たくましい若者に育つまで諸芸を仕込まれます。

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 [12] とくにシグムンドゥルは、吹雪のときも二歳も年上のトウリルを担いだり、 禁じられた北の森でも巨熊を斧で倒したり〔参:「熊殺し」のバラード、めきめきと頭角をあらわしていました。

 [14]~[16] 何年もたって、「ユールヴル」は、実名を トルケル 〔*ソーケル〕だと明かします。 かつては富も地位もあった身分なのですが、今の妻をかどわかしまがいに手に入れ、追っ手をかけた妻の父を殺してしまったので、世の目を忍ぶ境遇となったのでした。

 シグムンドゥルと、男の娘トゥリィ 〔*スリーズ〕とは、すでに恋仲になっていて、すでに彼女は身ごもっていました。 こんな不始末を打ち明けても、男はとがめるでもなく、立身にはやるシグムンドゥルを温かい目でハーコン伯爵のもとに送りだし、もしみごと出世できたあかつきには、かたじけないが、 どうか自分から「無法者」の烙印をとりのぞいて故国に帰郷できるように工面してほしい、と願いを託します。

 [17] さて、シグムンドゥルは、ともに伯爵の御子息であるスヴァイヌル〔*スヴェイン〕やアイリクル伯〔*エイリーク〕と意気投合するなど、幸先よい出足の後、ハーコン伯にお目通りかないますが、伯は、「はて、たしかにブレスティルは余の有能な部下で、亡くすには惜しい男であった。しかし、そちの事など余は、つゆ存ぜぬ。まんざらブレスティルに似ていないところも無くはないが、そちの真価は、おんみずから証明せねばなるまいぞ」などとのたまいます。

 シグムンドゥルは、船や兵卒を借り受け、ヴィーキング行、すなわち略奪侵寇に出立します。まずは、ほんの小手調べのつもりですので、 《湾》ヴィーキンから オイラル海峡 〔* オアスン海峡を素通りし、 東方の塩エストラ・サルト * バルト海〕を荒らしました。

 [18] そして次なる目的地を、荒くれ者のヴィーキングが巣食うエルヴ河口岩礁エルヴァルシェル〔*エルヴァルスケル〕* スウェーデン南西の港ヨーテボリ市あたり〕にさだめ、そこでホールムガルズ〔*北ロシア(ノヴォゴロド国)の町〕方面が出身のランドヴェルを退治しました。

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 [19] ときに国家の威信にかかわるちょっとした事件がおきました。ノルウェー商人が十二人、スウェーデン国で市びらきしていたのですが、言い争いからスウェーデン人をひとり殺めてしまったのです。するとスウェーデンのエーリック勝利王は、食客ゲストをさしむけて商人らを皆殺しにしてしまいました。

 これに憤慨したホークンは、シグムンドゥルを呼びつけ、スウェーデン国あたりを荒らして、なんとかこの狼藉にむくいてたいがどうじゃ、と依頼しました。そしてシグムンドゥルには精鋭の部隊を貸し与え、三百の兵力、五隻の船団でくりだすことになりました。スウェーデンの東の地に上陸し、村落などを焼き払いましたが、ここいら一帯を統治するビョルン(ビョドン〔*ビェルン〕という郡司が、多勢を率いて、沖の船との間を阻んでしまいました。

 
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 さてどうしたものかと戸惑う部下に、シグムンドゥルは、敵の陣を真正面から突破し、分断すれば、スウェーデンの奴らも、そうそう戦場にがんばっておれんだろう、と言い、そのとおりを決行しました。

 結局、敵は
旗手が倒れ、代官を囲む盾の陣もひっぺがされるように除かれ、ついにビェルンは討ち取られました。

 [20] スウェーデン王には、 ヴァンディルアジル という二人の兄弟が、 護国司ランドヴァルドゥルマズとして任務していました。スウェーデン王は、自国が荒らされた法を受けると、たいそうお冠で、この兄弟に、シグムンドゥルを殺してまいれと勅を出したのでした。

 こたびの相手は、普通の船が八隻、竜頭船が二隻。相当な兵力です。またもや旗艦におどりこみ、熾烈な白兵戦がはじまりました。シグムンドゥルは、ヴァンディルと長らく刃を交えていましたが、そのうち剣を左に握りかえる例の手を披露。虚をつかれた相手はこれをみごとにくらって右手を切り落され、武器は地に落ち、ヴァンディルは時おかずしてシグムンドゥルの剣の餌食となりました。
 シグムンドゥル勢からは雄叫びがあがります。これを聞ききつけ、アディルは、「すわ、形勢が変わりおった。どうやらヴァンディルが斃れたもようじゃ。」と一目散に逃亡を始めました。しかし、取り残された五隻の落人は、「女より生まれいづる者ひとりのこらず」狩り殺されたのです。

 [21] シグムンドゥルは、ヴィークに行きアイリクル伯に歓迎されました、さらに、北はトロンドヘイムへと足を伸ばし、ホークン伯とその冬を越しました。

 春がおとずれると、次に伯爵が与えた試練は、鉄頭のハラルドゥルという無法者を討伐することでした。

 シグムンドゥルは、竜頭船《ランドヴェースナウト》〔* 「ランドヴェルの遺産」の意〕に乗り込み、従兄弟のトウリルは、《ヴァンディルスナウト》に搭乗しました。一夏、乗りまわした甲斐もなく、夏も暮れようとしていた頃、イングランド海のオングルソイ島〔* =北海のアングルシー島、北ウェールズに属する〕に停留すると、ついに鉄頭のハラルドゥルの率いる船団に出くわしました。

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 理屈を述べるまでもなく、翌朝から合戦ということに決まりました。丸一日、両軍は戦いどおしでしたが、やがて暗闇がおとずれと、いったんそれぞれ兵を分かち、次の朝に再開することになりました。ところがあくる朝、鉄頭は、こちらの船に呼び声を投げ、まだ戦う所存か?と問いました。シグムンドゥルは、それをする以外頭に無い、と答えます。すると鉄頭は、「これは、いままで誰にも口上申し伝えたことのないことを言うが、これよりそなたとわしとは盟友となり、争いをやめるがよいと思うがいかがかな」と提案しました。

 シグムンドゥルは、伯爵の命を受けている建前もあったのですが、双方の部下たちが、やんややんやと賛成してしまっているので、結局、船団も一大艦隊にまとめ、分捕り品も一山に合併することになりました。連合軍は、夏じゅう遠く広くにわたり侵寇しましたが、歯向かってかなう者はまずいなかったといます。

 そろそろ収穫みのりの季節を迎えるころ、シグムンドゥルはノルウェーに報告にいかなくてはならなくなりました。ホークン伯の宿敵の鉄頭は、おいそれとついてこれるはずがありません。しかし、シグムンドゥルは、私が仲裁にはいり、何とか取り繕って和平を成立させるから案ずるなと言いました。
 そこでシグムンドゥルは、北モーレ地方にいるというホークン伯に会いに、鉄頭のハラルドは、、ステインヴォグという入り江に待機しました。

 シグムンドゥルの口上は、うだうだと長話でなかなか要領を得ないので、ついにホークン伯はしびれを切らし、−して、きゃつめは見つけたのかどうなのか。と、尋ねます。そこで、二人が遭遇し、いまでは船団を統合してひとつになっている仔細を話すと、伯は顔を紅に染めて怒りました。
「今までは、どんな言いつけでも、もうちとましに、こなしてきたではないか、シグムンドゥルよ」
しかし、シグムンドゥルは、懸命に鉄頭の助命を嘆願し、その命と四肢の安堵をお頼み申す、それについては、それがしからそれなりの手払いも出し申そう。と、言いました。

 それでも伯は首を縦にふらなかったのですが、シグムンドゥルは、それなら貴公にお仕えすることはできぬ、との剣幕でしたので、伯もついに折れて、その助命かなえてつかわそうぞ、とあいなったのです。

 [*前半部終了。続く]
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