『聖ジョージの黄金伝説』 [β版]

* キャクストンの英訳『聖ジョージの黄金伝説』 (1483 年) は、原文としてフランス訳、ラテン文、英訳の三つを使用している。

* キャクストン訳のいわば第1部、「殉教者、聖ジョージおよびその名の解釈」は、ジョージという名のギリシア系で あるゲオルギウスから、名前の意味を読み取ろうとする試みであるので、ジョージの迫害について語り始める
伝説への紹介文のところまで読み飛ばしてしまっても、さしつかえないだろう。
* キャクストンのいわば第2部、「これより聖ジョージの生涯について」と題した部分(「竜退治の部」)については、比較すべきラテン語テキストがあるので、ラテン文から訳出してみた。キャクストン訳とラテン語では少なからず差異があることがわかった。第3部、「聖ゲオルギウスの殉教」は、ラテン語「黄金伝説」には書かれてい内容である。

{拙訳}

[第1部] 殉教者、聖ゲオルギウスおよびその名の解釈

{冒頭部:Caxton 英訳より}

GEORGIUS dictus est a ge quod est terra et orge quod est colere, inde Georgius quasi colens terram, id est animum suum mundans a spinis vitiorum.

 ジョージ(ゲオルギウス)は、「ゲオス」つまり「土」と「オルゲ」つまり「耕作」より成るという。 すなわち「ゲオルギウス」というは「大地(すなわち肉体)を耕す」をいうに同じこと。 聖アウグスティヌスいわく、その『三位一体論De Trinintate』の書に述べるに、 良土は山嶺にあり、谷間の温暖にあり、平らかな曠野にあるという。 そのひとつめはハーブの緑によし、ふたつめはブドウによし、みっつめは米麦によしという。 かのように、祝福されしゲオルギウスは低きものを厭う高みにあり、その身の内に緑をたくわえ、 分別においては中庸をわきまえ、愉楽のワインをもち、謙遜にあふれ、よって善行という麦をみのらせる。

 また「ゲラル」「神聖」と 「ギュオン」「力士」つまり「神聖なる力士」だというが、 それは竜と格闘されたゆえにである。あるいはゲオルギウスは「ゲロ」「巡礼」と「ギル」「切り離す」で「指導教諭者カウンセラー」をさすともいう。世の目からすれば巡礼者であり、殉教の冠により切られ切り刻まれており、説教をとけばよきカウンセラーであったのだ。

(伝説への紹介文)
 その伝説は、ニケアの宗教会議では、他の経典のうちでも外典(典拠の疑わしいもの)と断じられたが、 それは、その殉死についてのれっきとした評伝がつたわらなかったからである。 というのは、ベーダの暦では、ペルシアの、、、、、ディオスポリス市で殉教とあるのに、他では彼が眠るのはディアスポリス市すなわち、かつてリュッダと呼ばれた町、いまではジョッパ(またはジャフ)市の近郊だというからだ。また別の箇所には、そのときローマ帝王だったディオクレティアヌス帝とマキシミアン帝の統治下で死を遂げたとされている。また別所ではペルシアの帝王ディオクレティアヌスの治下で死に目に逢い、それには帝国の七十の王が参列したともいわれる。さらにはここでは代官(太守)ダキアヌスによって迫害死したのが、ディオクレティアヌスとマキシミアンが共同皇帝だったその頃だという。

[第2部] これより聖ゲオリギウスの生涯について:

{ラテン語より訳出。Caxton 英訳と微妙に異なる。}

聖ゲオリギウスは武将、 カッパドキア生まれなり。あるときリビア州のシレナの都市にやってきた。この都市には海原のようながあり、そこに忍ぶがいて、[全土を毒と化していた]。住民はときおり武器をとってみたものの、ほうほうのていで逃げ帰るしまつであった。竜は、町を囲う壁に近づくごとに、その息ですべてを(毒に)まみれさす。 その怒りを鎮めるため、市民は毎日二頭の羊をさしだすことを余儀なくされた。それをせねば、竜は囲う壁に侵入し、 大気けがすので、より大勢を失うことになるのだ。

 もし羊がまるで不足だったりすると、 つまり大きさや数が欠けているなら、会議をひらいて、羊に加えられる人間として誰かに命ずることになっていた。けっきょく、皆の男児女児を にかけ、 籤に当たった子を供することになった。すべての男児女児はあらかた食いつくされてしまい、 ついに王の一人娘の籤が引かれて、竜(の生贄)に処すことが決まった。
 とたん王は悲しみにくれ、 「金銀、それに王国の半分をとらすゆえ、わが娘を 免除してたもれ。後生だ、死なせはしないでおくれ」(と言った)。
 民衆は怒りだし、「王よ、勅令をしいたのはお前だ、我らの子らはみな死んだ。なのにお前は娘を助けたいという。もしお前の娘をしないなどと、法令に反するならば、お前を住まいもろとも火あぶりにするからみていろ 」
 王はわが娘がどうなるかを見てとり、泣く泣く言った。「おお、わが可愛いかぎりの娘よ、どうしよう、何と言おう、お前の嫁入り姿を見るのはどうなったのか?」王は民衆にむかって「聞いておくれ、どうか八日間の猶予を、わが娘に愁傷のいとまをおくれ」と言ったので、民衆は承知したが、 八日間が経つと民衆は、まい戻ってきて、怒気を含み言った
「なんでお前の娘のために、お前の国民が滅びなくちゃあならないんだい!見てみいな、みんな竜の息でくたばってんじゃあないか」
王は、娘を放免させることはもはやかなわぬと観念すると、王の召し物を身にまとい、抱きすくめ、泣きながらに言った。「おおわが可愛いかぎりの娘よ、王国の御子(=イエス・キリスト?)は、そなたをわしの膝元で養うべく貸し与えども、 今はわしを離れて竜に呑まれるか?ああ、わがいと可愛い娘、わしはお前の婚礼に王侯を招き、王宮を真珠で飾り立て、太鼓ティンパニやオルガンを聞かせようと望んだのに、今いざわしを遠のき竜に呑まれにゆかん」 そしてキスしながらに言う「もし、 わしがお前の死に立ち会うとするならば、いかにして送り出してくれようぞ」王女は父の足元に歩み寄り、祝祷の言葉をいただいた。父が泣きながら祝祷を述べ、湖(沼沢)に出向いた。 [* キャクストン訳では娘を花嫁衣裳で送り出したとなっている。]

そこへ下ってきた天福ありし(福者)ゲオルギウスが、泣く(娘)のそばを通りかかった。何事かとたずねると、王女は言った 「よき若者よ、早よう馬を駆りお隠れなさい。どうか逃げなさい。私と共に死ぬようなまねはなさってはなりません」
するとゲオルギウス「娘さん、怖がらずに。皆の衆が観に来たこの支度はなんなのかおっしゃってください」
王女は「どうかどうか、よき若者よ、そなたのお心は見あげたものなれど、私のまきぞえで死を求めるなんて!早くお逃げなさりませよし」
それに対しゲオルギウス「ここからは離れませんよ。何が起きているのか教えてくださらないかぎり」彼女がすべてを打ち明けると、 「娘さん、怖がることはありません。キリストの名にかけてお助けもうしあげますから」
「よき騎士よ、そなたは何とか救出してくださろうと急くようだけれど、私が逃げることはまかりならないのです。 ほんに、せめて自分だけ助かるよう、お努めなさいまし。私を解き放つことはかなわないのですから。あなたさえも私と命を落としてしまいます」

 彼女がしゃべるかしゃべらないうちにも、竜は近づいて湖から頭をもたげさせていたのだった。震える少女は言った。 「よき殿御さま、お逃げください。早く」
 するとゲオルギウスは馬に乗り、十字架で身を守り、[* キャクストン訳:「剣で十字架のしぐさをふるまってみせ」] ドラゴンめがけて果敢につっかかり、近づくなり たくましく(lancea)をふるい、神に任せ、(竜に)深手の傷を負わせつ、地面にたたきつけた。 そして娘にこう言った:「あなたの帯を竜の頸に投げかけなさい、そう不審がらずに」

 彼女がそうすると(竜は)まるでよく飼いならされた犬のようにしたがってついてきた。
それを都市に連れてくると、それを見た民衆は山や丘に逃げ隠れ、こう言いだした 「あなや、もはやすべては失われた!」
 ゲオルギウスはこうほのめかした:「怖がることはない。まさにこの為に主はわたしをお前たちによこしたのだから。お前たちを 竜からの解放した代償をいただくために。すなわちキリストのみを信じ、皆が皆とも洗礼を受けたらば、竜を殺してしんぜよう」
 そこで王も市民も洗礼を受け、福者ゲオルギウスは(gladio)を鞘から抜きはらい、竜を殺して、 それはもとより(?)市外へ運び込むこととなった。そして四頭の牛で牽かれ、竜は大道に引っぱり出された。
 洗礼されたのは、幼少のものや婦女をのぞき二万人だった。王は、聖母マリアと聖ゲオルギウスをたたえ、みごとに壮大な教会を建立せしめた。それが建ったところから生ける泉(fons vivus) が湧いたが、病弱の者もこれを飲めば健やかになるとのことである。王は聖ゲオルギウスに、本当になんなりと富(の恩賞)を与えるといったが、一文もふところにせずに、貧民にばらまいてしまった。[*ラテン文の異本ではこうしめくられる:そして(ゲオルギウスは)王に接吻すると去って行った/ et osculato rege inde abiit.]

[第3部] 聖ゲオルギウスの殉教

{ラテン語『黄金伝説』にないがキャクストン訳にある部分。古いギリシア語やコプト語の「ゲオルギウス殉教」(Budge 英訳はここ)に近い。}

 さて、ときはディオクレティアヌスとマキシミアヌスら皇帝の御世、キリスト信者の大いなる迫害ありて、一月に二十二万もの殉教者が出るありさまで、そのため恐れをなした者が神に背き神を棄て、(異教の)偶像に供物をささげるしまつだった。
 聖ゲオルギウス、これを見て取るに、騎士の身なりを捨て、持ち物をすべて売り払い、貧民に与え、キリスト信者のいでたちに身をまとい、異教徒たちのただなかにいって叫けびはじめた:「異教徒も信者も、神々と(信じるは)それは悪魔どもなり。主こそが天国を造りましたる真の神なり」と。
 太守プロヴォスト(ダキアヌス)は 、聖者に言った: 「なんたるあつかましさ、いったいいかなる権威を騙って、我らの神々を悪魔らとのたまうか。そこもとの素性と名前をお明かしあれ」
 聖者はすぐに答えて言った:「わたしの名はゲルギオス、はばかりながら紳士であり、カッパドキアの騎士であるが、すべてをおきざりにし天にまします神に仕えております」
 太守は、言葉巧みに自分の信仰にくつがえさせようとしたが、それがかなわないとなると、聖者を吊るし木に吊るしあげ、 大きな棍棒や、鉄の焼き串で打ち据え、体を粉々にくだいた。そして鉄の刃をわき腹につきつけて、あらわになった臓腑に 塩をなすりつけ、聖者を投獄したが、 その同じ晩、主(キリスト)が後光のあらたかにその御姿をあらわし、聖者を手厚く癒された。 この大いなる慰めによって、 聖者は心を強くされ、いかなる苦痛をこうむろうと恐れなくなった。太守ダキアヌスは、克服できないと悟ると、おかかえの魔道師をよびよせて言った:「なにやらこいつらキリスト教徒どもは拷問にも怖じない様子じゃ」
 [* コプト版では魔道師はアタナシウス Athanasius という名で、前座として雄牛を呪文で両断してみせたが、 それは天秤にかけてもわからないくらい、きれいに真っ二つになっていた。]
 魔道師は、さもなくば首が刎ねられてもかまわない、と誓いにかけて約束した:かならずや、きゃつめの力に勝ってみせますと。そして毒をワインに混ぜ、邪なる神々の名において呪文を唱え、聖ゲオルギウスに飲めと勧めた。聖ゲオルギウスは、手にとった(杯に)十字架を切り、ただちに飲んだがなんのさしさわりもなかった。魔道師は、さらに強い毒をこしらえて飲ませたが、それでも何ともなかった。それを見た魔道師は聖ゲオルギウスの足元にひざまづき、どうかキリスト信者にしてくれと嘆願した。ダキアヌスは、魔道師がキリスト教に改宗したと知って、(即刻)首を刎ねさせた。そしてあくる朝、両刃の鋭い剣がまわりじゅうについた車輪を二基(用意させ)、聖ゲオルギウスをこの車輪のはざまにはさんで轢かせたが、そのうち車輪は壊れてしまい、聖者は無傷で無事だった。今度はダキアヌスはぐつぐつと煮えたぎる鉛の入った大釜に聖ゲオルギウスを放り込ませたが、主の加護あってまるで風呂につかって心地よいかのごとくだった。ダキアヌスこれを見て、怒りをこらえ、甘言たくみにおだてはじめた:「ゲオルギオス殿、我らが神々はじつに辛抱づよい。 そなたのように冒涜をおこなっても、とんでもない無礼をはたらいてもだ。だから美わしい、実直な、優しいそこな倅殿ぼっちゃんにどうかお頼み申す。どうか我らの教義にならい、偶像に崇拝し、馬鹿げた沙汰をおやめになれば、そなたにも存分な栄誉と尊敬がゆきとどくよう、事をはかろう」
 聖ゲオルギウスほくそ笑んで言った「なぜ始めからそうおっしゃってくれなかったのか?それならば、おっしゃるとおりにする所存です」
 ダキアヌスは喜びあがって、今までかたくなに抵抗していた聖ゲオルギウスが(偶像に)贄を捧げるところを観に集まれ、と市中に声高にふれまわらせた。町は飾り立てられ、市中に饗宴が催され、誰もが聖者を見物しに寺院をおとずれた。

 聖ゲオルギウスがひざを地につけていたので、偶像を拝んでいるものだと誰もが思ったが、聖者は天にまします神に祈り、 どうか寺院の偶像をその御名の栄光にかけて破壊してくださいまし、これもすべて民どもを正しい宗教に導くためです、と唱えていた。するとたちまち天から火がふりそそぎ、寺院を偶像や僧侶たちもろとも焼き、そして地がぱっくりと開いて残った燃えかすや灰をも飲み込んだ。
 ダキアヌスは聖者を自分のところまで引っ立てさせ、言った:「今そなたがした悪行はなんとしたことじゃ?それと虚言きわまりないことばは?」
 聖ゲオルギウスは言った「ああ、閣下、信じてはいただけませんか。これから贄を捧げますので、いっしょにきてご覧になってください」
 「そなたの欺瞞と姦計は見すかしておるぞ。わしを地の中に呑みこませようというのだな?寺院やわが神々をそうしたように」
 「なんたる、いくじなしか!自分らも救えぬ神々が、どう救ってくれるというのか?」
 ダキアヌスは怒りのあまり、妻に言った「こやつをどうにか負かしてやり込めないことには、憤死はまぬかれない。」
 妻は言った「悪党!なんとも非道い暴君なのでしょう、あなたという方は!キリスト教の人々の大徳が、あなたにはおわかりにならないのですか?だから、あの人たちに危害を加えてはならないと申し上げたではないですか。彼らの神は、彼らのために戦ってくださるのですから。私もキリスト信者になりますので、覚えておいてくださいね」
 「なに、キリスト信者になるとな?」とダキアヌスは妻の髪を引っつかみ、容赦なく殴った。
 その妻は聖ゲオルギウスにたずねた:「私は洗礼名をいただいておりません。いかがしたらよいのでしょうか」
 「案ずることはありません。佳き娘よ、そなたは、みずからの血でもって洗礼されましょう。」
 そうして(太守の妻)は、主イエス・キリストを崇めることとなり、死後は天国にむかえられた。
[* コプト版ではこの妻(王妃)はアレクサンドラという。] 
 
 ある朝、ダキアヌスは聖ゲオルギウスを市中引き回しの上、打ち首獄門と判決をくだした。聖者は、 主の名のもとに何か恩寵を願うすべての者に、それがかなわんことを、と主に祈りたてまつった。すると天から声がとどき、 願い事はかなえられたとの事だった。その祈りが終わると、聖者の首は跳ね飛ばされた。主キリストの紀元287年のことだった。 ダキアヌスが、斬首の処刑場から邸宅にむかうと、天から火が舞い降りて、ダキアヌスと使えるものを焼き尽くした。

 トゥールのグレゴリウスが語るに、聖ゲオルギウスの聖遺物を携える者がおり、ある救護院の祈祷堂
を訪ねたが、そのとき聖遺物の一部を分けてのこさないことには、戸がうんともすんとも動じなかったという。また、アンティオキア史には、キリスト教徒が海を渡りエルサレムを征服しようとしたとき、ひとりの若い好男子の信者が、集団の司祭に聖ゲオルギウスの聖遺物の一片を携えたらどうでしょうと諭した。なぜなら(聖者こそ?)、戦いの軍配をしきる者であるからだという。よって、そのように取り計らい、司祭がいくらかその(聖遺物)を入手した。さすればエルサレムを包囲したが、サラセン人が射かける矢や守りのためその城壁をよじるも登るのもためらっていたところ、聖ゲオルギウスが、白い甲冑に赤い十字架の姿で現れて、さきがけて壁にあがったので、(十字軍は)後に続き、こうして聖人のおかげでエルサレムの奪取に成功した。エルサレムの町とジャッファの港の間のラミスという町のほとりに聖ゲオルギウス礼拝堂があり、いまでは荒廃して葺く屋根もないが、ギリシア系のキリスト信者が住んでいる。その礼拝堂には聖ゲオルギウスの亡骸がよこたわるという話だが、首級みしるしはないという。そこには聖者の父母やおじが横たわるというが、礼拝堂のなかではなく、礼拝堂の壁の下だという。番人は、巡礼が来ても礼拝堂の中には通さないが、ダカット貨幣二枚を出せば、中にはほとんど入れてもらえないが(?)、礼拝堂の外にある祭壇で供物ができるとのことだ。さすれば七年間と七つの四旬節分の赦免と同じご利益があるという。聖ゲオルギウスの遺体は、この礼拝堂の聖歌隊席クワイヤの真ん中の場所に横たわるという。その墓には人間の手が入るほどの穴があいている。気がふれたサラセン人をここにつれてきて、頭をつっこませると、じきに全快し、正気をとりもどすという。

 福ありし聖なる殉教者、聖ゲオルギウスは、イングランドの王国の守護聖人であり、武人の職業の守護聖人である。この崇拝にもとづいて設立されたのがガーター騎士団で、またウィンザー城内にある英国王家の気高き学院(紋章院カレッジ)であるが、この紋章院には、ドイツ皇帝ジギスムントが持参してヘンリー五世に贈った《聖ゲオルギウスの心臓》という貴重な聖遺物がおかれている。ジギスムントは、この騎士団の一員でもあった。なお、(聖人の?)頭の一部が、この紋章院には寄贈されていて全能なる神と祝福されたる殉教者、聖ゲオルギウスを祀っている。されば、わが国によって、こと格別なる守護者と防衛者に、いまわれら祈りを捧げん。
  *1-1

由来:
XX

 * XXX

脚注:

註1-1 * [BACK]

 

テキスト等

  • 推奨リンク:
    HOME