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aus Neue Gedichte — Erster Teil 『新詩集』第1部




1. Früher Apollo [早期のアポロン像]
2. OPFER [供物(捧げ物)]
3. Budda[仏像]
4. Der Panther [豹]
5. Die Gazelle [羚羊(かもしか)]
6. Römische Sarcophage [ローマ時代の石棺]
7. Der Schwann [白鳥]
8. Ein Frauenschicksal [ある女性の運命]
9. Blaue Hortensie [青あじさい]
10. Vor dem Sommerregen [夏の雨をひかえて]
11. Letzter Abend [最後の晩]
12. Die Kurtisane [遊女]
13. Die Treppe Der Orangerie [オレンジ園の階段]
14. Die Karrusel — Jardin du Luxembourg [回転木馬]
15. Spanische Tanzerin[フラメンコ・ダンサア]

1. Früher Apollo [早期のアポロン像]

いわば葉もおおわぬ枝を透かしながら
陽がたびかさね、その顔をのぞかせるように、しかも
春に染まりきってそうするように、やはり
詩吟が放つ、その命さえ奪いかねない輝きをさえぎるものを、

このアポロンのこうべはなにひとつそなえていない。
その目配せにはまだ[陰り]がない、
月桂冠を戴くにしても、そのこめかみあたりは冷ややかすぎる。
やがてのちには、その額のあたりから、

花園のバラが背高く伸び、
花びらひとひらずつしっとりと、
その口の顫えに散るのだが。

つぐまれた口は、使いもしないのに、つや光りして、
そのかすかな微笑のみが、まるで何かをすするかのように、
まるでその歌が体を流れるようにしている。

2. Opfer [供物 (捧げ物)]

ああ、君を知ってからというもの、この体まんべんなくの、
血脈のすみずみにいたるまでが、なんとかぐわしく
咲きほこるようになったろうか。
見たまえ。この歩行さえがよりまっすぐに、すらりとなりかわっている。
それを君は、ただ待つことしかしない。そんな君はいったい誰なのか?

ほら、この、こうした心地もまるでかつての自分を置き去りにするかのようだ。
まるで古きを、ひとひらずつ脱ぎすてていくかのようだ。
そして君の微笑みだけが残る。それは、 澄みきった星のように君の上にあり、やがて僕のものともなろう。
僕が幼い頃、呼び名さえなく、
ただ、まばゆく映える水のようだったばかりのすべてを
ここに、君にちなんで名付けよう。
この、君の髪がたいまつのように燃える、
君の胸を上にそっといただいた祭壇の前で。

3 Budda[仏像]

まるで聞き澄ましているように、静寂の音、はるかきもの。
後ずさりしようものなら我らには聞き取れなくなってしまう。
あの方は星だ。そしてほかにも巨大な星が
目にみえずその坐をとりかこんでいる。

ああ、あの方こそすべてだ。まみえていただくのがかなうまで、ほんとうに
我らは待つつもりだろうか?しかしあの方は何とて要るものがあるだろうか?
もしたとえ、我らが身を平たくしてすがったとても、
この人は思いにふけり、獣のようにぐずがるだけだろう。

なにしろ我らを足許にたぐいよせるものが、
あの方の中で、何千年来、巡りかえされているのだ。
われらが身に知るを忘れきった人。
我らをつっぱねるものを身に知る人。

4. Der Panther [豹]

ずっとおりごしに向こうを見つづけてきたあまりに、
衰えきってしまったその目ではもう、何も捉えることができない。
目前には千本の格子が並ぶとも、
千本の向こうには世界はないと変わらない。
しなやかな足腰と、敏捷な足運びで、
なせるかぎり小さくすぼませた環をなぞってゆく、その様は、
まるでその遠心力のこめた舞踏に、
雄々しい意志が封じこめられたようだ。
ただ、ときたまその瞳が静かに大きく
広がって、そんなある一瞬すきに、ひとつの映像がはいりこむ。
それは四肢のしずかな緊張をかけめぐり、
やがて心臓に達し、そこでとどまる。

5. Die Gazelle羚羊かもしか

魔性のぬしよ。いかに選りすぐろうとて、たった二言でいかにして、
君から信号のように発せられ、そして消える、それとおなじ
韻律を、[私に]なぞらえろというのか?
君はそのこめかみから双葉と竪琴を生やしている。

君全体が、すでに、まるでたとえごとのように動作し、
それも恋歌を通じてそれをしている。そしてその文句は、
薔薇の花びらのようにそっと、
読書から閉じた瞼の上に置かれる。そんなことをして

みるのも君を見浮かべるためだ。君が跳ぶ、その
四肢ともども、ばねとなった姿を。
そしていま、耳とぎすます君が首で制してはいるものの、そのばねが

いまにも弾けるばかりなのを。例えばある女が、
森の中でする沐浴みずあび;をやめ、気づかう顔に
湖水の光がまばゆく映えているときのようなのを。


*脚韻を踏んだくらいの手法で、どうやって羚羊のリズム性を表現せ よというのだ、と詩人は愚痴をこぼしている。

6. Römische Sarcophage [ローマ時代の石棺]

はたして何が我らにそうとは信じまいとさせるか?
すなわち、一体ごとに仕切られ、封ぜられた身の我らにしてみれば、
この怒りや、憎しみや、惑いが続くのも、
もう、せいぜい、あとごくわずかだろう、などと。

それはまるで、指輪や、神像や、ガラス玉や、帯紐リボンらに
飾られた石棺の内で、
衣にくるまれて横たわるものが、
いずれは朽ちて、分解するようなのだと。

だがそれも、得体の知れない、
もの言わぬあぎとにむさぼられてゆく
(どこにかこれら意志をたばねる頭脳があらわれて、
なにかに役立てることはできないものか)

そして古代の水道橋アクエダクトから、
永遠の水が注ぎこむ、それは
いまなお光り、移りゆき、またきらめく。

7. Der Schwann [白鳥]

この憂き目、いまだやりかけた物事をつうじて、
依然とのしかかるかな、この憂き目は、
白鳥のあの不慣れな足運びのようだ。

そして死、われらが常日頃つねひごろ、乗ってこられ
た地盤に
もはやしがみつくこともできなくさす死は、
白鳥のあの不安そうな、なるがままに

まかせた着水の芸のようだ。そんなとき胸にやさしい水は、
まるで嬉々と下をくぐり、
波から波へと後をひいてゆくかのようだ。
そんなとき、白鳥は、気をうばわれたかのように、おだやかに、
そして堂々と立派に、なおも
落ちつきはらって進んでゆく…

8. Ein Frauenschicksal [ある女性の運命]

たとえば狩猟にでた君主の手にガラスの杯がとられ、
ただ飲み干される為にどれと構わずとられ、
それを献じた人が、そのいわくつきの杯を
後生大事に、あたかも二品ふたしなとないもののよう
にしまいこむように、

ときたま、のどを渇かせた運命が、
ひとりの女をたなごころにのせ、口を潤ませて、
そんなわけで、ひとつのささやかな生命が、
その女の見を案じ、労役から

はずし、貴重な品々を
(あるいは貴重がられる品々を)飾っておくための
ガラス店に女をしまいこむ−そんなこともある。

そうされた女は、まるでよそからの借り物のように、
不自然に目立って、老いて盲目めしいとなってゆくば かりだった。
さりとて貴重でもなしに、類まれでもなしに。

9. Blaue Hortensie [青あじさい]

底にこびりつく絵の具の緑のように、
木の葉はひからびていて冴えなく、荒れはてている。
それらを背景に、このしおれた花房の青は、
おのじのものではない、それは遠くを反映したにすぎない。

その反映も、涙ににじんだようにかすんで、
色あせようとくようだ。
それはまるで青色の便箋が古ぼけたように、
黄ばんできている、紫や灰色がかってきている。

それは洗いざらしになって、もうけるにしのびない、
子供の前掛けのように、なすすべもない。
小さきいのちのはかなさを、改めて思わせる。

だがその一房の青が、
鮮やかさをとりもどしたようになる。
可憐な青や緑の色彩が、まるで喜びを得たかのように。

10. Vor dem Sommerregen [夏の雨をひかえて]

みるまにも、この公園じゅう緑から、
何かしらあるものが立ち消えてしまっている。
公園そのものが窓にたぐりよせられたようで、
静けかえってしまっている。林からはただ、

せっかちな《雨鳴き鳥ちどり》がさえずる声をけたた ましくさせている。
なぜか聖ヒェロニュムスという人物をおもわせる。
−あれほどの哀願を、熱情をこめた
一声ならきっと、大雨が

応えてくれることだろう。
絵画さえがわれわれによそよそしい。
われわれに聞き入っているだけでも恐れ多いらしい。

そして色あせた織物には、
午後どきのあの、はっきりとしない光が、
誰しもが子供のころ怖じけづいたあの光が、揺らめいているのだった。

11. Letzter Abend[最後の晩]

(H夫人の許しをえて)

そして夜が、遠征が。もう軍隊は列をなして、
いまにもいっせいに公園を横断してよぎろうとしている。
だが男は、鍵盤ハープシコードから顔をあげただけで、
指では弾きつづけながら、まるで鏡と向かうように、

女を見やった。その若々しい顔で、
いっぱいにされたようで、女は痛ましかった。
底に忍ばれる、悲しみを知るだけに、なお。
そして、音が弾かれるごとに、美しく、魅せられるように、高まっていった。

だが、その姿もふいに目に霞んでくる。
女は、まるで堪え忍ぶに窓際に立っていいて、
動悸が早まるのをこらえているのだった。

男の演奏がやむ。外からは、風が吹き込んでくる。
鏡台の上には、何とも不釣り合いな黒い軍帽が、
死神の首のとなりに、置かれているのだった。

12. Die Kurtisane[遊女]

ベニスの太陽は、私の髪を
黄金にあつらえる。錬金術に誇る
輝かしい業績だ。私の眉はベニスの
反橋にも似つかわしい。それがこの眼にひそむ、

何かしら危険なものに掛け渡されているのだと
見破れないのか?その何かが水路を
ゆききし、満ち潮となり
引き潮となり、いれかわっていゆくのが。

私と出会う者はみな、誰もが私の飼犬をうらやむ。
それは、たとえ情に溺れることのない私たりとても、
この宝石ずくめの、何者も歯向はむかえぬ私の手を

犬にだったら警戒なしに這わせたりもするのだから。
たとえ旧家の期待をしょってになう男児たちでさえも
この唇にかかれば、餌食となるのだから。

13. Die Treppe Der Orangerie [オレンジ園の階段]

―ベルサイユにて

王君のように、王君が用もなく、
いずこかへ赴くように。ときおり、左右に
かしずいて並ぶ、こうべの列に見守られながら、
王衣に孤影をおびさせ、現われるように。

この石段もまた、やはり似たように、
身をかがめた欄干の列にはさまれ、
神の思し召しによる孤高に耐えながら、
あてどもなく、空へと登りつめる。

家来たちには皆、後に下がっておれと
命じたものか。それもおそらくは、その背後から
間を置いてお供として付いてきたり、重々しく
引きずる裾を拾い持ってゆく者がないように。

14. Die Karrusel [回転木馬]

リュクサンブール庭園にて

丸屋根や黒影の動きにあわせて、
おなじく延々と廻りつづける、
色とりどりの木馬たち。その一頭一頭が、
かつて興亡を経た国の産物なのだ。
馬車を引く馬もいるが、
どれをとってもみな、立派な姿勢をしている。
怒りの形相した、赤いライオンも廻る。
ときおりそして白いゾウ。

なかには雄ジカなども混じっている。森にいるものとそっくりに、
ただ、鞍を置かれて、そして
青い服着た少女を、革ベルトで背にくくりつけて。

白い服着た少年が、ライオンにまたがり、
手をほてらせながらしがみついている。
ライオンが牙をむき、舌を出しているのもかまわずに。
ときおりそして白いゾウ。

騎乗した者たちが、皆こぞってそばをよぎっていく。
そんな乗馬ごっこにはもう大人すぎるはずの
美麗な令嬢たちらもいる。跳ね上がりざまに
顔をあげて、彼女等はあてもない向こうを見ている。
ときおりそして白いゾウ。

それはまだしも続く。やり終えるのを急くかのようだ。
ただ廻り、ただ翻るだけで、ゆくあてさきなどない。
赤や緑や灰色がかすめてゆく。
そして小さな横顔をかたどる
夢中になりきった、満足しきった面差しが、
迫ってくる。この呼吸も荒息にさせる、
むやみ乱れた遊戯に笑顔が浪費される。

15. Spanische Tanzerin[フラメンコ・ダンサア]

手に取った硫黄の燐寸マッチが、まず白亜に閃光し、
舌鋒をめらめらと八方に放ち、それから
火焔となって燃えさかるように、観衆の囲うなかで
彼女のダンスは鮮やかに、熱烈に、
すばしっこく動いて、だんだんとその輪を広げてゆく。

そしていきなり、すべては炎と化す。

一瞥するしぐさで、髪を燃えあがらせ、
かと思えば突然、その大胆なあやつりの芸で、
ドレスをすっぽりと火の渦に巻き込んでしまう。
そこから、驚いた大蛇のように、
はだけた両腕が伸び、猛りくるったように、かち合う音を鳴らす。

やがて炎はおさまるように、すぼまってゆく。
その炎を彼女はかき集め、驕慢気取りにまき散らし、
おごりたかぶった風をして目をくれてやると、
炎は地を這い、燃えやまずにいる。
ところがそんな炎を、彼女は自身ありげに、愛敬ある
ほほ笑みすらうかべて、勝ちほこるように顔を上げて、
小さくても頑丈な足で、火をもみ消してゆく。



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