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aus Das Buch der Bilder 『形象詩集』 (1902)



1. Eingang [序詞プレリュード]
2. Ritter [騎士]
3. Der Wahnsinn [狂躁]
4. Die Engel [天使たち]
5. Aus einer Kindheit [ある幼少の頃から]
6. Der Nachbar [隣人]
7. Der Einsame [孤独な者]
8. Klage [嘆き]
9. Einsamkeit[孤独]
10.Herbsttag [秋の日]
11.Erinnerung[思い出]
12.Ende des Herbstes [秋の終わり]
13.Herbst [秋]
14 Abend [黄昏]
15.Ernste Stunde [厳粛な刻限]
16.Strophen[ストロペの詩]
17.Das Lied der Waise [みなしごの詩]
18.Aus einer Sturmnacht [ある嵐の夜より]
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1. Eingang 序詞プレリュード]


誰といわずとも、君。夕暮れになったらば、外までへと、
もう、すべて知りつくしたはずのその部屋にいるのはよして、歩み出るがいい。
なぜなら、君と彼方とを隔つ最後のものは、君の家きりなのだから。
誰といわずとも、君。
君がそうやって、すり減った踏石にあてがったきり、
ろくすっぽ見あげることすらせず、やつれはててしまった目で、
一本の黒い樹を思い浮かべ、
天空のさなかに−ほっそりと、かつ、ぽつりとひとつ−立て掲げれば、
そこにはひとつの世界ができあがる。その世界は広く、
言葉がそうなように、語られずままにして熟してゆく。
そうしてやがて、君の意思によってその意味を捉えられたなら、
目からそっと、その世界を解き放つがいい。

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2. Ritter [騎士]

馬にまたがり、騎士がひとりゆく。黒い甲胄をまとい、
乱世のまっただなかへと。
そこは、すべてが揃っている。昼間も谷間も、
味方も敵方も、会堂での饗宴も、
森林も聖杯も、娘も五月の月も。
さらには、神じきじきにおいてが、何千回に及び
街中に現れる。


だがその騎士が、不気味によろいこなす
鎖かたびらのなかでは、
死神がうずくまり、悩み、こう、ぼやきつづけている−
いったい、いつになれば、あの剣は振りかざされるのか、
鉄の囲いを破り、
怪しい解放の刃となって、
私を日夜、封じ込めてきた
ここいらから解き放ち、
ようやく背伸びができるように、
歌うことができるように、
戯れることができるように、してくれるのかと。


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3. Der Wahnsinn
[狂躁]

彼女はこだわりつづける−私は、私は…
誰だというのだね、マリー?
 王妃様よ、王妃様。
 跪くがよい、わらわに。跪くがよい。

彼女はこぼしつづける−私は、かつて私は…
誰だったのだね、マリー?
 みなし児だった、貧乏で、まるはだかで、
 そんな、言葉じゃ言えやしない。

では、そんな子供がどうやって、
皆のひれ伏す王女になれたのだね?
 それは、何もかもすべてにたいして、
 もう、乞食のする見方をしなくなったからよ。
だったら、すべての物らのおかげで、伸し上がれた君に、
その、いつ、どうやってかが、云えぬのかい?
 それは、ある夜、ある夜のうちに
 みんなの語りかけようが一変した。
 街中を歩いていると、ふと
 いとを張りめぐらせたかのようで、
 マリーは旋律メロディー旋律メロディー となった。
 それでつい踊らずにはいられなくて。
 けど人々は脅え、すくみあがってしまい、
 それぞれの家に、足をふんじばっていた。
 だってそんなふうに踊るのは、王妃ならではだものね。
 街中で踊る、なんてね。
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4.Die Engel
[天使たち]

彼らは、いずれも、やつれはてを口元に湛え、
まばゆい、縫目の無い魂を持っている。
そして(あるいはなにか罪なことに)憧れたりもし、
それゆえ、夢にもうなされる。

彼らは皆それぞれが、似かよっている。彼らが
の楽園を、音も立てずにゆく様は、
神の力業ちからわざ旋律メロディーの、
限りない音色ねいろの調べに譬いうる。

ただ、かれらが翼を伸ばすごとには、
ひとつの旋風つむじかぜが巻き起こる−
まるで神が、その、巨大な、塑像をなすがための手で、
いと暗き創世の書を
開きめくるときのように。


* 縫い目の無い=ohne Saum, つまりシームレスな魂。
まさに「天衣無縫」という表現と一致する。
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5.Aus einer Kindheit [ある幼少の頃から]

暗闇がまるで部屋にみなぎっているようななかで、
少年がひとり、おとなしく座っていた。
まるで夢かのように 母親が入ってくると、とたん、
静かだった戸棚でガラスがわなないた。
部屋にあばかれた、そんな気がし、母親は、
その子に口づけした。−ここだったのね?
二人とも、はにかみながら、ピアノへと目を向けた。
夕時によく母が弾いてくれたあの曲に、
この子はなぜかしらしんみり、それに捕われたものだった。

少年は、おとなしく座っていた。うつむいた目を
母の指先のとりこにされて。指輪の重みで、
かがみこむように曲がった指が、白い鍵盤を這い、
雪の中を渡ってゆくようだった。
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6.Der Nachbar
[隣人]

おかしなヴァイオリンよ、この僕につきまとうのか?
遠国におれども、もう、幾つの都市で、君の寂しい夜が
僕に語りかけてきたことか。
いったい、君を奏でているのは百人なのか、一人なのか。

それがいずこの大都市にても、
君なくしては、とうに身を川に
投じてしまっているやからがいるのだろうか。
なぜ君はそうやって僕を、いつでもつけまわすのか?

僕にはなぜいつも、君を脅やかさんがばかりに
鳴かせてみせる隣人がいて、
生きるとは、すべての重みにもましてなお重い、
だなどと、君に唱えさすのだろうか。

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7.Der Einsame
[孤独な者]

見知らぬ海を渡ってきた一人とあって、僕は
この時失われた土地衆のなかでは、なかまはずれだ。
彼らには、卓上の些事さじがありったけの毎日だ、
だが僕には、はるか彼方がありし全貌なのだ。

ぼくの目には、一つの世界が届いてきている。
あるいは月面ほどにさびれた世界かもしれぬが。
けど彼らはささいな出来事もすておけないたちで、
物を語るときだって、やたらと騒々しい。

僕がはるばる持ち参じた品々は、
彼らのものとは、妙に異なっている。
ふるさとの国では生き生きとしていたものが、
ここではさも恥じるように、息をひそめている。
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8. Klage [嘆き]

ああ、すべては、なんとも遠く、
とくすでに過ぎ去っているものなのか。
思うに、いま私に輝きを
捉えさせてくれているあの星でさえ、
すでに何千年来、死にはてているのだ。
それに、いま通りすぎた舟で
なにかゆゆしき次第が語られたようなのだ。
家では時計が鳴ったが、
どの家だったろうか?
私はこのわが心をいで
広い空の下に立ちたい。
私は祈りたい。
およそあらんかぎりの星の、いずれのうちかだったらば、
いまだ実在するものもあるにちがいない。
しかも、そうやって今でもなお
持ちこたえてきている孤りぼっちの星がどれなのか、
私には判ると思う。
見上げる空の、光が届く果てに、
白く巨大な都市のようにそびえるそれが、どれなのだか。
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9.Einsamkeit
[孤独]


孤独は雨に似ていて、
海に立ちこめ、夕暮れへと向かう。
遠くに霞む野末を越えて、
いつ変わることもなく、天へと向かう。
そして、都市へと降りそそぐ。

しかも、あの疑わしい時刻、
街ごとに夜がめぐり、
求め得ずした肉体が、うちひしがれて、
悲しみにくれるどうし、放っぽりだされて、
憎み合うどうしが、寝床を譲り合い、
添い寝せざるをえない頃に降りそそぎ、

そうなってようやく 孤独は川に入り交じってゆく…
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10.Herbsttag
[秋の日]

主よ、時は来たり。今夏こなつは、実に大いなるものであらせた。
よりは、日時計へと影を投げかけ、
草原には風をくり出させよ。

残りの果実には、熟せと命じよ。
南陽みなみびの猶予を二日だけ免じて、
完成に至るまで、
仕上がりの甘露を醸し出させよ。

いまし家を持たぬ者は、ゆくすえも持たずじまいだろう。
いまし独りきりの者は、ゆくすえも独りきりだろう。
寝起きし、読書し、長い手紙をしたため、
街道を行ったり来たりと、
木の葉の飛びかうなかを、落ち着きなくさまようことだろう。
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11.Erinnerung
[思い出]


かくして君は待つ、ある一人が現れるのを。
君の命を、とめどなく膨らませにやって来るのを。
逞しくもあり、類いまれな、
石の目覚めにも譬いうる、それは
君の前に開かんとする 深淵の人。

いまなお、ほのぐらい本棚で
茶色や金色の書本がきらめくごとに、
君は、巡り渡ってきた国々や
その絵画や、衣装や、女性たちを
思い起こすなどしている。

そんな君に思いがひらめく。−そうだった、と。
われに返った君の
前に立ちはだかるように、通りすぎた歳月や
苦悩や、面影や、祈りが。
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12.Ende des Herbstes
[秋の終わり]


ここしばらくほど僕には、すべての
変わり果てようが目に見えている。
ある何者かが出没し、手を下し、
命を奪い、苦をもたらしている。

公園も、日を追うごとに、
かつて通りではなくなってきている。
緑も黄ばみ、
もう間近まぢかに、朽ち果てんとしている。
ああ、ここまでの道のりの、なんたる長きことか。

いま僕は、こうまで寂びれきったここいらから
並木路の続く、向こうの果てを眺めやっている。
海までとどかんばかりの遥かまでも、
まことらしい何か兆しが
重々しい空にあらわれている。
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13.Herbst 
[秋]


の葉は落ちる。まるで遠いはてからのように。
空のかなたの園より、き散らされたかのように。
諦念あきらめを身振りにさらけだし、ただひたすらに落ちてゆく。

また、毎夜ごとには、かくも重たい地球さえが
星たちの仲間を抜け、孤独のなかへと落ちてゆく。

われらはみな落ちる。この手さえも落ちる。
あたりを見回すがいい。それはいたるもののうちにある。

けれども いま一人、他が落ちてゆくのを
たえず手のひらで受け止めてくれる者がいる。
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14 Abend
[黄昏]


黄昏はようや着替えを済まし、取り巻く
老木に脱衣を掛ける。
それを目にした君に、風景は二手に分かれる。
浮きあがる一方と、沈みゆく一方に。

しかし君は そのどちらにも付かずじまいに、
森閑とした家のようにうす暗いでもなく、
毎晩、打ち上げられる星のようでもない、
永遠とかわすちぎりがあやふやなものにとどめられている。

そして君には(言い及ばぬほど混沌とした)
不安をともなった、膨大な、未完成な人生が残される。
君が人生は、すなわち、枠にせばまれたり、奪うがままを許されたり、
あるいは石、あるいは星となりかわって、在り続けることだろう。
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15.Ernste Stunde
[厳粛な刻限]


いまいずこかで泣く者あらば、
世のかしこかで、理由わけもなく泣く者あらば、
それは私のために泣いている。

いまいずこかで笑う者あらば、
夜分、理由わけもなく笑う者あらば、
それは私を笑っている。

いまいずこかで歩む者あらば、
世のかしこかで、理由わけもなく歩む者あらば、
それは私に向かって歩んでいる。

いまいずこかで死す者あらば、
世のかしこかで、理由わけもなく死す者あらば、
それは私を見つめている。
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16.Strophen
[ストロペの詩]


いる、すべてを掌中に収めては、
指間をすりぬける砂のごとく漏してゆく者が。
その者は、これぞうるわしゅう王妃おきさきらをりすぐりて、
純白の大理石に刻ませたりする。
音楽にひたる彼女らを、暖炉棚マントルピースに戴かせ、
そして国王と王妃とつい になるよう、
同一の石材から拵えさせて。

いる、すべてを掌中に収めては、
鍛えぞこないの太刀のごとくへし折る者が。
それは他人でこそない。その者は、我らが命たる
血液に棲息し、現れては消える。
不正をなすとも思えないが、
罵りざまに言われるのも聞いている。
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17.Das Lied der Waise
[みなしごの詩]


僕は、《無名者名だたらざるやつ》だ、ゆくすえもそうなのにちがいない。
今でも、ただ生きているのさえやっとなくらいなのが、
時をかせいだくらいで、それが変わろうはずもない。

母親たち、父親たちよ、
この僕を憐れむがいい。

されど、そうする甲斐もないだろう。
いずれにせよ、なぎ倒される身だ。
誰も使ってくれるものはいやしない。今ではまだ早い、
後ではもう遅い、とて。
僕にわずかこの衣服があるのみだ。
それさえも、かすれて、色褪せてしまっている。
だがそれは 永遠を保ちつつあるのだ。
それも神以前から、なのかもしれない。

僕にはただ、この遺髪があるのみだ。
(それはいつしも変わることはない)
かつてはある者にとっての宝ではあったけれど、

その者はもう何を愛す事すらない。
(→)


18.Aus einer Sturmnacht
[ある嵐の夜より]


こんな夜は、どの都市もみな等しい。
ことごとくが曇空を掲げ、
嵐に国旗をなびかせ、
乱れた髪のようなままにまかせて。
ここは国境も川の流れも
定まらない、そんなある国。
公園には、どれもおなじ池があり、
池のほとりには、どれもおなじ家が建ち
家のなかでは どれもおなじ火がともされ
そして、人々はどれもおなじ顔つきをしながら
手のひらを前にかざしている。

こんな夜には、幼かった姉が大きくなる。
僕より先に生まれ、先立って死んでいった姉が。
こんな夜は昔もよくあったものだ。
今ごろは美しかったろう。そろそろ求婚者らの参じていた頃だ。




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